働く女性の50年史(36)

2004(平成16)年

皇太子の「キャリアと人格の否定」発言

 5月10日 、欧​州3カ国歴訪を前にした皇太子徳仁親王は記者会見で、結婚後の雅子妃の状況について以下のように述べました。
「外交官の仕事を断念して皇室に入り、国際親善が皇太子妃の大切な役目と思いながらも、外国訪問がな
かなか許されなかったことに大変苦労していました。雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」

「皇太子妃」という立場をひとつのキャリアと考えると、そこには常に「お世継ぎ誕生」への期待とプレッシャーがつきまといます。しかし、当事者の心がけや努力だけではどうにもならないことで責められたり、存在を否定されたりすることはどれほど辛いことでしょうか。この「皇太子発言」の伏線としては、2003年6月に湯浅利夫・宮内庁長官(当時)が雅子妃に対し、(2001年12月1日に愛子内親王が誕生したものの、子どもは)「やはりもう一人ほしい」「多くの国民もそう考えているのではないか」という発言が挙げられます。

 また、12月11日の記者会見では「秋篠宮殿下御夫妻に第3子を期待したい」という発言があり、その翌日から雅子妃は長期静養に入ります。このような無神経ともいえる一連の発言に対しては、国民の間で辞任を求める声もあがりましたが、結局湯浅長官は2005年3月に退官するまで、この発言に対する責任を公に問われることはありませんでした。また、この一件で皇太子家と、天皇家・秋篠宮家との温度差を浮き彫りにしたともいえます。

 湯浅長官は「外国に行きたかった」という雅子妃の発言やビデオ画面に映し出された外国滞在中の雅子妃の様子を眺めながら、「外国に行くのがそんなにうれしいのかねえ」などと発言しています。そこには異なる価値観や行動様式を求められる環境へ新たに入ってきた雅子妃のストレスや当惑に対する理解や共感がまるで感じられません。

 皇室と一般社会とは状況が大幅に異なるとはいえ、雅子妃の直面している状況は1986年に男女雇用均等法が施行された直後に、当時まだ1%だった総合職の女性が企業社会の中でその存在や価値観を否定され続けてきたことや、がんばりすぎた結果心身ともに疲弊してしまった状況と通じるものがあります。マスコミで取り上げられる雅子妃に関する特集がしばしば「働く女性」の視点で語られるのも、多くの人が雅子妃の置かれている状況に自らの立場を投影しているからではないかと思えてなりません。

 

 

★この年の主なできごと★

配偶者特別控除の一部廃止:女性の社会進出を妨げているという理由で、税制改正により2004年度分の所得税から、「配偶者特別控除」は一部廃止に。これは従来配偶者の年収が103万円未満の場合、「配偶者控除」と「配偶者特別控除」が二重に摘要されていたものを、103万円未満の場合は「配偶者控除」のみとなり、「配偶者特別控除」は配偶者の年収103万円超の場合に摘要されるこ

戸籍の続柄、非嫡出子も「長男」「長女」という記載に:従来、戸籍の「父母との続柄」は嫡出子(法律上の結婚をしている両親から生まれた子)の場合は「長男」「長女」、非嫡出子(法律上の結婚をしていない両親から生まれた子)は「男」「女」という記載になっていたが、2004年の戸籍法の改正ですべて嫡出子と同じ表記になった。これは戸籍を見ただけで両親の婚姻状況が分かるのは差別につながるという指摘があり、住民票の続柄が1995年以降すべて「子」という書き方に改正されたことに追従する形となった。

 

 

 

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ごあいさつ

福沢恵子

「女性のキャリア形成支援」「男女共同参画」「大人の学びなおし」をメインテーマに取材や講演を手掛けて30年。仕事を通じて「誰もが自分らしく生きることができる社会」の実現に関われたらと思っています。 

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