近頃では廃止される傾向にありますが、90年代にはまだ一般的だった「家族手当」。これは通常は「専業主婦の妻や子どもを扶養する『世帯主』である男性社員に支給されるもの」と考えられてきました。しかし、現実的には「世帯主」は必ずしも男性とは限りません。中には女性が一家の家計を担っている場合もあるでしょう。しかし、当時は「女性が男性を扶養するのは社会通念からはずれること」と見なされていたのです。
岩手銀行では「世帯主である行員」に対して家族手当・世帯手当を支給するという規定がありましたが、配偶者に所得税法上の扶養控除対象限度額を超える所得がある場合には、夫のみを「世帯主たる行員」とするとしていました。これは「男性行員は妻の収入の有無に関わらず家族手当・世帯手当を受け取れるのに、女性行員は夫の収入が所得税法上の扶養控除対処限度額を超えた場合、手当を受け取れない」ということを意味しています。
提訴した岩手銀行の女性行員は夫、長女、実父母と同居して、家族手当等を支給されていましたが、夫が市議会議員に当選し、所得税法に規定されている扶養控除対象限度額を超える所得があることとなった以降、それまで支給されていた家族手当等の支給が停止されました。そこで女性行員は「自分は長女を扶養する世帯主たる行員である」として、家族手当等の支払い等を求めました。
この訴えに対して、仙台高裁は「家族手当等は労働基準法上の賃金に当たる。岩手銀行は給与規程上の条項を根拠にして、男子行員に対しては、妻に収入があっても、家族手当等を支給してきたが、女子行員に対しては、生計維持者であるかどうかにかかわらず、実際に子を扶養していても夫に収入があると本件家族手当等の支給をしていない。このような取扱いは男女の性別のみによる賃金の差別扱いである」という判決を下しました。
実は、この種の話は現在でも健康保険の扶養家族の取り扱いでしばしば見られます。子どもの扶養を夫側に付けたら何も言われないのに、妻側に付けたら「夫の収入が著しく低いという収入証明を出して欲しい」などと云われたりしませんか? このような「世帯主=男性=女性よりも収入が多いのは当然」という考え方は必ずしも実態にそぐわないばかりではなく、男女の生き方も固定化するものだと思います。「世帯主」のあり方(=その定義や誰がなるか、という点)についてもそろそろ考えてみるべき時が来たようです。
★この年の主なできごと★
中央薬事審議会、ピル(経口避妊薬)解禁を見送る:かねてから要望が強かったピルの解禁に対し、中央薬事審議会は「エイズ拡大につながる」との理由で認可を当分見送ることを決定。しかし、その裏では「ピルの解禁によって女性の性道徳が乱れる」 という頑迷な考え方があったことも見逃せない。
レリアン「オシドリ転勤」を制度化:婦人服メーカーのレリアンは、配偶者の転勤など状況に応じて希望地に転勤できる「自己都合転勤制度」(オシドリ転勤)を制度化。働き方の選択肢が増えることは歓迎すべきものの「妻は夫のいる場所に常に同行するもの」という価値観の固定化では?という見方も。