働く女性の50年史(13)

1981(昭和56

「女子学生亡国論」から20年、女性の進出は進む

1971年に石川達三による「婦人参政権亡国論」が発表されたことは、既にこのコラムでご紹介した通りですが、実はこれは1962年に暉峻康隆・早稲田大学教授が「週刊新潮」に発表した「女子学生亡国論」が下敷きになっているのです。女子の大学進学率上昇に対して、暉峻教授は「文学部は女子学生に占領されていまや花嫁学校化している」と指摘しました。しかし、これは女性に対して就職の門戸が開かれていない状況で、結果的に「花嫁」になるしか選択肢のなかった当時の事情を理解していないばかりか、「女性が大学に進学するのはけしからぬ」というニュアンスすら感じられます。少なくとも現在ではこのような考え方に共感する人はほとんどいないでしょう。
 
 この年の9月、「女子学生亡国論20年目の回答」が女子学生就職問題シンポジウム実行委員会によって開催され、400人もの参加者を集めました。もちろん、この「回答」は「女性が学ぶことは『亡国』などではない」というもので、それを裏付けるかのように、さまざまな分野への女性の進出がみられました。
 日本航空では初の女性のチーフ・パーサーが誕生し、羽田空港では初の女性管制官が勤務を開始。また、日本ジャーナリスト会議の81年度JCJ賞はベビーホテル問題を取材したTBSの堂本暁子氏、教科書問題をはじめ教育問題を担当した朝日新聞の佐田智子氏が受賞しました。

 

★この年の主なできごと★

三和銀行オンライン詐取事件: 三和銀行茨木支店女性行員(32)が、愛人(36)と共謀し、架空名義の口座を開設して預金通帳を入手し、オンライン端末機を使って4支店の口座に計1億8000万円を架空入金、3支店から現金計5000万円、保証小切手2通額面8000万円を引き出した。女性行員は500万円を持ってマニラに逃亡していたが現地で逮捕。愛人の男も大阪で逮捕された。女性行員が逮捕された時にテレビ局の取材に対し「好きな人のためです」と毅然と答えたことが印象的だった。

20代女性の未婚率上昇: 80年国勢調査の1%抽出結果で、女子20-24歳未婚率が5年前69.2%が77.9%へ上昇、1世帯人員3.22人に。当時は女性の結婚年齢は「クリスマスケーキ説」(=24歳までは値段が高く、25歳を過ぎると価値が下落するという意味)が根強かったが、この頃から既に晩婚化の兆しが見え始めた。

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1969(昭和44)年「男性55歳、女性30歳という女性のみ若年定年制は無効」の判決(東京地裁)

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ごあいさつ

福沢恵子

「女性のキャリア形成支援」「男女共同参画」「大人の学びなおし」をメインテーマに取材や講演を手掛けて30年。仕事を通じて「誰もが自分らしく生きることができる社会」の実現に関われたらと思っています。 

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